過小評価され過ぎ⁉映画バブル感想

「ストーリーが酷い」と巷で酷評されている一方、「映像表現が凄い映画だから絶対に映画館で見た方が良いよ!」という評価もあり、PVからも「映像表現の凄さ」はヒシヒシと伝わって来たので「ストーリー、世界観への期待値は極限まで下げ、映像を楽しむつもりで見に行こう!」と思って見に行きました。

…結果、ストーリーは難点もあるものの悪い映画ではありませんでした。期待していた迫力のある映像は…意外と少ないと思いました。(PVで見た映像がほぼ全て!?)もっと見たかったですね(^_^;)

※個人的にストーリーが最低最悪のクソ映画は「パラノーマン」(アメリカ制作の子供向けストップモーションアニメ)です。

映像以外褒めるところが無いと言われがちな本作ですが、私は映像以外で本作の良かった点を一つ述べることができます。それは「悪人のいない優しい世界観」です。

それも「CCさくら」のように「過度に理想的な主人公をこれまた過度に理想的な友人たちが異常なほどチヤホヤする」という見ていてめまいのする甘ったるさではなく、地に足の着いた優しさが心地よいと思いました。

主人公ヒビキとヒロインウタの描写は説明不足で色々物足りなかったですが、彼らをとりまく仲間たちの描写は良かったと思います。

具体的には、ウタは泡から生まれた少女で、言葉もほとんど発せられなければ常識も知らないので好き勝手に行動し、鶏が産んだ卵を手で握り潰してしまいます。

作中では東京はほとんど廃墟と化しているので、卵はそこそこ貴重品のはずなのですが、仲間たちはそんなウタを怒って追い出すのでも、憐れんでさげすむのでもなく、ウタが割ってしまった卵を目玉焼きに調理して彼女の朝食として差し出したんですよね。

言ってしまえばウタは「問題児」なのですが、彼女の「問題行動」に最適な方法で処置して仲間として受けれました。

また、敵キャラに「アンダーテイカ―」という奴らがいて、卑怯な手を使ってパルクールを勝ち抜き、これまた卑怯な手を使って主人公達を挑発してくるのですが、彼らは言わば「過激な手段で視聴回数を稼ぎたい迷惑系ユーチューバ―」であり、主人公達と明確な対立構造があるわけではないので終盤は主人公達に協力してくれるんですよね。ここも良かったと思います。(ただし、これを欠点として語る人も多いので、勧善懲悪的なモノを期待していた人には返ってマイナスだったのかもしれません)

その他、主人公たちを見守る保護者的なキャラたちがいざという時に力を貸してくれる…というのも見ていた暖かい展開でした。

そんなワケでストーリーには良い所もあったのですが、やっぱり難点もあって、大きく言うとそれは

  1. 「人魚姫の物語」に頼り過ぎた目的の無いストーリー
  2. 現実感のないクライシス

なんですよね。

たとえば「鬼滅の刃」は「主人公が鬼退治をする話」でここだけを見れば「桃太郎」と一緒ですが、「鬼滅の刃」は「炭治郎物語」として「桃太郎」とは明確な差別化が出来ています。

その要素は色々あると思いますが、一つ大きなポイントを上げると「桃太郎」は主人公が一方的に鬼を倒しに行く話なのに対し、「鬼滅の刃」は「鬼に殺された家族のかたき討ち」が主人公の目的になっているところでしょう。

鬼は現実には存在しない架空の怪物ですが、「かたき討ち」なら誰もが現実として理解できる感情です。だからこそ、「鬼に復讐をするために戦う炭治郎」には誰もが共感できるのです。

これでもし炭治郎の家族が鬼に殺されおらず「桃太郎が鬼退治に行ったからオレも鬼退治に行かなきゃ」みたいな事を彼が言い出す作品だったら観客は「はあ?」となったと思いますが、これをやってしまったのが「バブル」です。

そう、クライマックスでかつて東京を崩壊させた泡が再度暴走を始めたのは「人魚姫を人間から人魚に戻そうとした姉たちのように、ヒビキに恋して人間になったウタを彼女の姉である泡が怒ったから」と説明されるのですが、そもそも「泡が恋して人間になる」のも「泡が意思を持って怒り出す」というのも、私達の現実感にそぐわない展開なので理解しがたい問題です。(そもそも人魚姫の姉たちって、人魚姫を人間から人魚に戻そうとはしていたけど、世界を壊すほど怒ってはいなかったよね?)

さやかの画像

まどマギに登場する「さやか」も「人魚姫の物語」をモチーフにしていますが、彼女の物語もまた私達の現実感に即しています。

どういう事かというと、彼女は幼馴染であり想い人である恭介の腕を治すためにキュウべぇと契約して「魔法少女」になるのですが――魔女と契約して声と引き換えに王子様の命を救ったものの、王子様にその事や自分の思いが伝わることがないまま泡となって消えてしまった人魚姫のように――さやかもまた恭介に自分が彼の腕を治したことや自分の思いが彼に伝わることがないまま絶望のあまり魔女と化してしまいます。

私達は現実にキュウべぇと契約して魔法少女や魔女になることはありませんが、「尽くしていたものに裏切られ絶望する」感情も、「絶望した人間が悪い方向に変わってしまう」ということも現実として理解できるでしょう。

さやかの物語は「人魚姫」をモチーフにしつつ、魔法少女の敵であったはずの魔女が実は絶望に沈んだ魔法少女のなれの果てだった、という「まどマギ」独自の世界観・ストーリーを説明することに成功しているんですよね。

一方の「バブル」は明確な世界観の深堀やストーリーの目的が示せておらず、「人魚姫の物語ではこうだったから、本作もこうなる」という展開に頼りっきりという印象でした。

泡が意思を持って恋したり怒ったりするというのは私達の現実感にそぐわない設定なので、「泡の正体は実は地球外生命体でした」とか、もっと納得のできる理由を付与したり作中で説明できたりしたら本作の評価はちがったのかもしれません。

私も創作する上で気を付けようと思いました。

「棒読み」と酷評されがちだったウタの演技も、感情の起伏に乏しい声がウタの儚い生命にマッチしていてそこまで悪くないと思いました。

本作を人にオススメできるかどうかは微妙。「圧倒的に面白いストーリーを期待している人にはオススメできないけど、気になる人は映画館で見てみるといいかも」という感じですかね。

※ちなみに人魚姫は泡となったあと、完全消滅したのではなく、献身的な愛を貫いたことを精霊たちに祝福され「空気の精エアリエル」として永遠の生命を得たのだそう。ディズニー映画「リトルマーメイド」のアリエルの名前は「エアリエル」に由来するとか。これもまた、女神と化したまどかと共に「円環の理」の一部となったさやかの物語とほぼ一致しますね。

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