いじめはいじめる側が100%悪い

休み時間に隣のクラスの子と話したら有罪

Twitter(現X)でいじめ問題について「いじめはいじめらる側にも問題がある」とツイートしている人がいて、批判する声と擁護する声が沢山の人達から起きていた。

中には10年教師をしていたと自称する人がこのツイートに賛同するリプをしていて、「こいつが本当に教師なのかどうかは知らんが、もし本当ならやっぱり学校はこの世の地獄だな」と思う。

結論から言う。

いじめはいじめる側が100%悪い。

「悪い」という言い方で角が立つなら、「いじめる側に100%問題がある」と言い換えたほうがいいのかもしれない。

何故そう言えるのかというと、欠点の無い人間はこの世に存在しないからである。

つまり、「いじめられる側の問題点」というのは、いじめる側が自分達の加害欲を正当化するために「作り出した口実」に過ぎないからだ。

筆者が小学生の頃、散々嫌がらせをしてきた同級生がいたのだが、彼女は筆者が何をやってもいちゃもんをつけてきた。

筆者が版画をかわかすために人通りの少ない階段の上の方に置いたら、「いいよね〜上の方に置く人は! 踏まれなくってさ!」と彼女は筆者に嫌味を言ってきた。

階段の下の方に置かれていた版画が何枚か踏まれていたのは事実である。しかし、それらを踏んだのは筆者ではないし、自分の版画を踏まれるのが嫌なら筆者に嫌味を言うのではなく、階段上の方に自分の版画を置くか、踏んだ張本人を注意するべきなのだ。

また、調理実習の後、使った食器を自分達で洗うことになった時、彼女は食器に洗剤をつけてからスポンジで洗っていた。

筆者は「スポンジに洗剤をつけてから食器を洗えばいいのに…」と思ったのだが、違う動きをして叩かれるのも嫌だったので、彼女と同じように食器に洗剤をつけてからスポンジで洗いはじめた。

すると彼女はなんと言ったと思う?

「スポンジに洗剤をつけてから食器を洗えばいいのに」

と言ったのだ。

筆者はたった今、彼女がやったのと同じ事をしただけなのに、彼女は自分の事は棚に上げて筆者の行いだけを叩いて来たのだ。

つまり、いじめる側というのはそういう思考なのである。

しかし、いくら筆者がそう解説したところでいじめる側の人達は納得しないだろう。

「ネットに晒されてその子がかわいそう」等と言い出して返って筆者を責めるための材料にするのかもしれない。

晒すといっても実名を出して批判しているわけではないし、「いじめる側が悪い」理由の根拠として分かりやすい事例だから書いたのである。

筆者も自分の知らないところで彼女から「そうそう! いじめられる側にも問題があるよね。昔こんな奴がいてさ〜」等とネットに悪口を書かれている可能性も否定はできない。

また、彼女はその2,3年後に「差別ってなくならないの?」というタイトルの人権作文(学校の課題として書かされるやつ)で筆者をネタにして賞をとっていた。

内容は「何故筆者がいじめられたのか」という事にばかり言及していて、筆者に対する謝罪は一切無かった。

ちなみにその理由というのは「筆者が休み時間になると隣のクラスの子とばかり話をしていて同じクラスの子と仲良くしようとしかったから」らしい。

当時、隣のクラスに仲の良い子がいたので、筆者が休み時間に隣のクラスの子達と話をする事があったのは事実だ。しかし筆者に「同じクラスの子達と仲良くする気が無かった」なんてことはない。彼女の勝手な思い込みである。

こんな内容の人権作文に最高の賞を与えたのだから、教育委員会というのは作文を読まずにタイトルだけで賞を決めるエアプ達の集まりか、いじめ擁護派連中の巣窟である。

あまりにもアホくさい話だが、彼女の言い分「隣のクラスの子と休み時間に話をすること」がいじめの理由になり得るのなら、学校はクラス分けそのものをやめるべきだろう。

そんな事しないだろうけどね。

まとめ

  1. いじめはいじめる側が100%悪い。
  2. 「いじめられる側の問題点」というのは、いじめる側が自分の加害欲を正当化するために作り出した口実である。
  3. ただし、いじめる側は絶対に2を認めないだろう。
  4. 2であるが故に、ネットでも散見する「いじめられる側にも問題がある」という主張は、いじめる側の意見であり、いくらでもでっちあげられるものなので真に受けてはいけない。
  5. もしもあなたが今、いじめに遭っているのなら、その集団からは「逃げる」のが最善の策だと思われる。
  6. とはいえ、逃げるのが難しい場合も少なくないだろう。その場合はどうか「あなたは悪くない。悪いのはいじめる側である」という事だけは忘れないで欲しい。

この記事がかつての私のようにいじめに苦しむ子供たちに届きますように…!

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いじめはいじめる側が100%悪い” に対して 4 件のコメントがあります

  1. イクリプス より:

    いじめの加害者たちだって道徳の時間においては「いじめは絶対にやってはいけないことです」などと当然のように答えるでしょうね。
    しかしそれでもいじめは決して無くなることはない。
    いじめは災害みたいなものとして割り切り、そこから逃げる方法を考えるべきなんですよね。
    どんなに嘆かわしくてもいじめ加害者が痛い目に遭うことはなく、学校なんてものも被害者の味方はしない。それが現実ですから…。

    1. 秋之ルイ より:

      イクリプスさん

      こんにちは。いつもコメントありがとうございますm(__)m

      >いじめは災害みたいなもの
      「災害は悪」というのが全人類の共通認識だと思うのですが、「いじめという災害が起こる学校」については「善」として語られがちなのが悔しいところです。

      いじめは「複数=多数」対1人という構図になりがちなので、学校や教師としても1人の生贄を悪者扱いして多数派の味方をしていた方が楽なんでしょうね…。

  2. みーちゃんママ より:

    大変つらい時期があったのですね。
    そういう事はなかなかトラウマど忘れることができないですね。

    卒業した後も社会にでても、トラブルや嫌がらせに巻き込まれてしまうことがあるよね。
    私もそんな中、猫🐱に出会えて、ステキな猫友に出会えて、楽しく過ごすことができたよ〰️
    一生懸命いきていると不思議になにかたすけられるものですね。

    1. 秋之ルイ より:

      みーちゃんママさん
      こんにちは。コメントありがとうございますm(__)m

      そうですね、社会に出た後も大変なことがいろいろありましたが、
      今は猫と素敵な猫友に会えて幸せです。

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