成長しない主人公はアリなのか?
先日書いた「猫の恩返し 感想」の続きみたいな記事です。
最初に断りますが、この記事はあくまでフィクションについて考察する事が目的であって、「猫の恩返し」に難癖をつけることではありません。
「猫の恩返し」の主人公・吉岡ハルは「現実の女の子はそう簡単に成長しない」という監督の考えを基に作られたらしく、映画を最後まで見ても劇的な成長はありません。
「物語冒頭では朝寝坊していたが、終盤では早起きした」という程度には変化したようですが、その「早起き」も一時的なものなのか今後も継続するのか視聴者には知るよしもありません。
で、ここからが本題なのですが、
そもそも「成長しない主人公はアリなのか」という事です。
結論をいうと、その様な主人公を描くことは基本的にはあまりやらない方がいいと思います。
何故なら物語に求められる必須要件の一つが「成長」だからです。
つまり主人公が成長しない話は「物語ではない」という事です。
…しかしここで問題になって来るのはリアリティです。
リアリティのない話はつまらないでしょう。
それはファンタジーを否定する意味ではなく、キャラクターの感情描写に共感できないと物語は面白くならない、という意味です。
主人公が成長しても、観客が共感できなければ何の意味もありません。
故にリアリティが必要になってくるのですが、しかし残念ながら現実はあまりドラマチックではありません。
現実をそのまま物語に反映させても面白くなるとは限らないという事です。
以前読んだ漫画家の卵向けの雑誌に「読者が見たいのは現実ではなく、夢やロマンという嘘なんだ」というような記述がありましたが、一理あるのかなと思います。
いちいち例はあげませんが、フィクションではありふれたドラマチックな話が現実ではほとんどない、という事はザラでしょう(^_^;)
いかにキャラクターにリアリティをもたせつつ、嘘というロマンを描いていくのかがフィクションの醍醐味なのかもしれないなー…と思いました。