まど☆マギなめてました、ごめんなさい。

前回の予告通り(?)

「魔法少女まどか☆マギカ」全話見ました!

ネタバレとアニメをたった4話見ただけで本作を「分かったつもり」になり、こんな薄っぺらい感想記事を書いてしまった自分を恥じました(^^;)

ほむらちゃん、健気過ぎる…(ノД`)・゜・。

このアニメの凄さはネタバレを読んだだけでは分かりませんね。

正直、本作をナメてました。どうもすみませんでした(´Д`;)

ちゃんとアニメを全話視聴して良かったです。それと同時に、こんな凄い作品を8年もスルーして来たことに軽くショックを受けました。

…というワケで、改めてアニメを全話見た上で本作の感想を書きます。

記事の内容が濃くなった…か、どうかの判断は読者様の判断にゆだねますが、前回よりは大分マシになっただろう…と思います。

前回に引き続き、ネタバレ注意です。

「魔法少女まどか☆マギカ」というタイトルによるミスリード

本作は、勿論狙っての事でしょうが、タイトルによるミスリードが2つあると思いました。

1つ目は、「魔法少女」とうたってはいるものの、実際の内容はセーラームーンやプリキュアなどの「バトルヒロインもの」に近いこと。(まぁ、セーラームーンやプリキュアも広義の「魔法少女もの」に入るのかもしれませんが…)

「魔法少女もの」に、必ずしもバトルは必要ありませんが、本作はその「バトル」を前面に押し出して来ています。

2つ目は、主人公がまどかではなく、彼女を救うために時間をループしてきた暁美ほむらである、という事です。

このミスリードにより成功したことは、意外性の確立です。

「バトルヒロインもの」なら「戦士になった少女たちが過酷な運命を背負うのは当たり前」で何の驚きも新鮮味もありません。

しかし、彼女たちを「戦士」ではなく、本作登場以前は「スイートな存在の代名詞」とも呼べた「魔法少女」と呼ぶ事で、「魔法少女なのに過酷な運命を背負わなくてはならなくなった」という意外性の確立に成功しました。

つまり、本作は「美少女戦士」たちを「魔法少女」と呼んでいたのですが、これによって「魔法少女」というジャンルそのものの定義を揺るがす事に成功しました。

本作で一番面白かったのは、結末ではなく、第10話です。

これまで「まどか」目線で描かれて来た物語の視点が、ここではじめて「暁美ほむら」に移りました。

恐らく、ここで多くの方が気づいたでしょう。タイトルにもなっている「まどか」は主人公ではなく、物語を観客目線で見せるための「視点キャラ」に過ぎず、本当の主人公は、謎の転校生、暁美ほむらの方だったのだと。

何よりカタルシスを得たのは、第1話冒頭でまどか目線で描かれた事の顛末が、第10話でほむら目線に替わる事で全て明らかにされた事です。

物語の導入部分という、観客を引き込むためにもっとも重要な場面の真実を第10話で描くために本作の全てはあったのだと思いました。

第11話でたった一人で強大な敵、ワルプルギスの夜に挑んでいくほむらの姿(カッコイイv)は、仲間を皆殺しにされ、たった一人でクインベリルに立ち向かっていったセーラームーンの姿と被ります。(ほむらの周りにいた魔法少女たちも、まどか以外全員死んでいる)

タイトルにその名を冠されているまどかは、最終話で全ての魔女を救うために神に等しき存在になるわけですが、作中できゅうべぇも言っていた通り、彼女をそこまで強大な存在に育てたのは、ほむらです。

「ほむらがまどかを救うために何度も時間を巻き戻す副作用でまどかの因果律が上がり、その結果、まどかの魔法少女(≒魔女)としての素質が強まった」と語られていました。

もちろん、「すべての魔女を救いたい」とまどかが願うに至るまでの心理描写はありましたが、ほむらの存在なくしてまどかは女神(作中での呼び名は円環の理)にはなれなかったでしょう。

作中では語られていませんでしたが、もしほむらが「なんど時間を繰り返してもまどかは救えない」と絶望して魔女になっていたら、一体どうなったのでしょう。

恐らくまどかと同等か、それ以上に最悪な魔女になってしまったのではないでしょうか。

何故なら時間を巻き戻し、いくつもの平行世界を生み出してしまった(複雑な因果律を生み出してしまった)のは、他でもないほむらなのですから…。

黒幕は、理不尽だけど悪じゃない

ミスリード以外で本作の面白いところは、「黒幕は理不尽極まりないけど、悪ではない」ということです。

きゅうべぇは無邪気な少女たちを騙し、次々と魔女に変えていきました。

きゅうべえの画像

しかし彼がそんな事をする理由は非常にうさんくさい理屈なので納得はできませんが「宇宙の寿命を延ばすため」であって、邪悪な意思からではありません(家畜のように人類を利用しているので、私利利欲ではあるかもしれませんが)

ゆえに、最終話で「全ての魔女を消し去りたい(=救いたい)」というまどかの願いも否定せずに叶えました。

この場面だけは、理不尽そのものだったきゅうべぇがちょっと頼もしく見えたかもしれません(^^;)

願いの等価交換

「本作の面白さ」を根底から支え続けて来た要素の一つが「等価交換」だと思います。

「魔法少女」になるために捧げた祈りや願いが深ければ深いほど絶望も深くなり、いずれは最悪な魔女となってしまいます。

まどかを救うために何度も時間をループして来たほむらですが、これも完全なリセットを意味せず、時間を巻き戻すたびに因果の糸はどんどん複雑に絡まり、まどか救出に失敗した際の代償も大きくなってしまいました。

これにより、第11話で「ワルプルギスの夜を倒す事に失敗しても、また時間巻き戻せばok」という理屈にはならず、物語に緊張感と、「何度やり直してもワルプルギスの夜には勝てない…」というほむらの絶望感を生み出す事に成功しています。(そして、彼女を救うためにまどかが決意するという描写の成功につながっている)

本作の「祈り」と「代償」の皮肉についてはyoutubeで面白い動画があがっているので、それを見るのも本作の楽しみ方の一つです。

余談

前回の記事で「もし筆者が魔法少女になるなら視力回復をきゅうべぇにお願いしたい」とアホな事を書いてしまいましたが、作中でメガネっ子だったほむらちゃんがソウルジェムの力で視力回復している描写がありました(^^;)

きゅうべぇに頼らずとも、ソウルジェムさえあれば視力回復ぐらいどうって事ないようです。

…やぱり欲しいかも、ソウルジェム(まだ言うか!)

まとめ

  • 本作は「魔法少女」を語った「バトルヒロイン」アニメである
  • 本作のヒロインたちは皆、「魔法少女」を語る「美少女戦士」たちである
  • 本作は「美少女戦士」たちを「魔法少女」と呼ぶ事で、お気楽極楽だった「魔法少女もの」の定義を揺るがした。
  • タイトルに冠されているまどかは視点キャラで、真の主人公はほむら
  • 黒幕のきゅうべぇは色々理不尽だけど悪ではない
  • 単純な勧善懲悪アニメではないところが本作の面白いところの1つ
  • 等価交換が徹底されているのが本作の面白いところの1つ


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